PRECOUNT
城谷英司

ぼく、サトルは、業界下位のレコード会社の制作スタッフ。会社が買収されることになったとき、憧れの先輩・キバの決意は、独立してバンドを立ち上げること。けれどメンバーはまだ2人。クセの強い候補者たちに翻弄されながら、理想のバンドをつくりあげる、前代未聞のバンドメンバー捜索ストーリー。

毎週月曜更新。

PRECOUNT

#003 プロローグ(3)
2019-05-25

夕方に目が覚めた。ニシオカさんとの約束まであと3時間ほどある。いったん会社に寄って宮中しほりの進捗を確認し、何もすることがなければスタジオにでも入ろうかな。急ぐ必要はないのに、10分で身支度を整えた。自転車に跨り、荒川の堤防に出る。会社の食堂で朝食兼昼食のカレーを食べ、自分の席に向かった。

サカモト主任はいつになく上機嫌だった。

「いやあ、宮中しほりのこと、サファイアのシバノ社長がめっちゃ感謝してるってさ。俺もオマエも、今回の働きでだいぶ向こうから評価されてるっぽいぜ。サカモトさんとエンドウさんのおかげで、リリース日を守れそうだ、ってな」エンドウはぼくの苗字。エンドウサトルといいます。

リリース日は半年くらい前には決まっており、それを前提としてテレビやインターネットでのプロモーションを組むし、アルバムツアーの詳細も決める。予定日にリリースできないとなると、損害は天文学的な金額にのぼる。何としても遅らせるわけにはいかない。サファイア・エンターテインメントは、歌手だけでなく、アイドルや役者も数多く抱える一大プロダクション。そこに恩を売れたのは、会社としても自分としても、とても意味のあることだ。サカモト主任は、合併後もクリスタルに横滑りするはずだから、鹿浜橋ミュージックの最後の仕事で大きな実績を残せたことになる。合併後の人事にも影響するだろう。

「これでもう、合併後も安泰だな。サファイアのアーティストはみんな、俺たちに担当して欲しい、とまで言ってくれたみたいだぜ」

「ほー、そりゃすごいっすね」

認められて嬉しいのはもちろんだが、ぼくはつられて喜ぶわけにもいかない。合併後、自分がどうなっているのか、まだわからない。

仕事はそんなになかった。メールチェックし、必要なものに返信した。15分ほどで、することがなくなった。同じビルの制作スタジオの予定表をみると、いちばん狭いB4スタジオが空いていた。会社のロッカーには、自分のベースが置いてある。フェンダー・メキシコのプレシジョン・ベース。B4スタジオに入る。8畳ほどの狭い部屋に、ギターアンプとベースアンプが2台ずつ。主にボーカル、ギター、ベースを録るための、スタジオというよりブースだ。

スマートフォンをミキサーに繋ぎ、THE YELLOW MONKEYの曲を探す。ブレイクのきっかけとなった名曲『Love Communication』をセレクトし、SWRのアンプにセッティングしたベースを構えた。ときどきこうして、スタジオでベースを弾く。バンドでの成功を夢見ていたけれど、制作スタッフの道を選んで5年。27歳になった。今さらミュージシャンになれるとは思わないけれど、これからも音楽とは付き合っていく。そのためにも、プレイすることが好きだった自分のことを、忘れたくはない。だからこうして、ひとりでベースを弾いている。

『熱帯夜』『楽園』『See-Saw Girl』『真珠色の革命時代』。ランダムで流れる作品に、曲のとおりのベースラインを合わせる。1時間ほど、そうしていた。LINEが鳴った。ニシオカさんからだった。「もう着きそう」。約束の時間はまだ先だったが、ぼくも出ることにした。「10分後に行きます」。適当に片づけて、ベースをロッカーに戻した。

5分ほど歩いたところにある焼き鳥屋・とりふくは、鹿浜橋ミュージックのスタッフ、アーティストたちのたまり場だ。18時を過ぎて、テーブルはだいたい埋まっている。ニシオカさんは、いちばん奥の袋小路にある4人掛けのテーブルで、ハイボールで焼き鳥を流し込んでいた。