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城谷英司

ぼく、サトルは、業界下位のレコード会社の制作スタッフ。会社が買収されることになったとき、憧れの先輩・キバの決意は、独立してバンドを立ち上げること。けれどメンバーはまだ2人。クセの強い候補者たちに翻弄されながら、理想のバンドをつくりあげる、前代未聞のバンドメンバー捜索ストーリー。

毎週月曜更新。

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#004 プロローグ(4)
2019-05-25

「お、お疲れ。たいへんだったな」

「もうほんと、参りましたよ。何とかなってよかったですけど」

「いやでも、この仕事でオマエの評価は間違いないな。主任にしてもいいんじゃないか、っていう話も出てるらしいぜ。あんな仕事に就けるのはもったいなかったと思われてるかもな」

あんな仕事って。確かに、レコード会社の制作スタッフにとっては、アイドル上がりのソロシンガーは、魅力的な担当とはいえない。一流アーティストを担当したいと思うのが人情だ。特にいまは、合併を控えた大事な時期。大きな仕事で実績を残して、評価を上げたいと思うのは当然だろう。なんといっても、鹿浜橋ミュージックは吸収される側なのだ。

「まあ、とりあえずちゃんとできてよかったですけど」

「いずれにせよ、クリスタルに吸収されてからも、未来は安泰、ってとこか」

「うーん、どうなんでしょうねえ。俺、まだ面接もしてないし」

「あ、そうらしいな。忙しくて後回しにしてるんだろ?」

「いや、まあ、そうなんですけど。でもちょっと、考えてることがあって」

ニシオカさんに、キバさんからのLINEを見せた。「今後のことは、宮中の仕事が終わったら話す。それまで面接は延ばせ」。それがキバさんからの指示だった。

「俺は一応、ニシオカさんから言われたとおり、これからもキバさんの現場にいたいと思ってるんですけど。けど、キバさんが今後どうするのか、まったくわかんないんですよね」。

ニシオカさんと同じ現場だったのは5年前だが、その仕事がひと段落したあとで、ニシオカさんは、ぼくにキバさんを紹介してくれた。「コイツについていけ。大変だろうけど、得るものは大きいから」と。この先輩2人は同期入社で、仕事のスタイルはまったく違うが、仲はいい。調整型で人当たりがよく、堅実な仕事をするニシオカさん。直情的で誰にでも食ってかかるキバさん。兄貴分的な先輩と、カリスマ的な先輩。

「このLINEを見る限り、何かしら考えてるのは確かなんだろうな。その何かしらに、オマエを巻き込もうとしてるってことか」

「まあ、そういうことなんですかね。俺としては、キバさんと仕事できれば、それ以外の条件は特にないし。どうなってもいいや、と思ってるんですけど」

「しかしまあ、ふつうにクリスタルに残るってことはなさそうだな。別のレコード会社から誘われてるとか、独立しようとしてるとか」

ニシオカさんの見立てはぼくと同じだった。レコード会社で、制作スタッフの転職は日常茶飯事だ。そもそも会社の看板より個人のスキルと人脈で仕事をしている面が大きいので、優秀な人はどの会社も欲しがっている。独立だって珍しくはない。キバさんは、鹿浜橋ミュージックに所属する大御所アーティストを担当することが多いから、独立しても仕事がなくなることはないだろう。ぼくを引き連れて独立しようとしているのか。想像としてはありうる話だと、ずっと思っていた。

「けどまあ、アイツのことだから、なんかとんでもないこと考えてるかもな」

「あは、キャラ的には確かにそうですけど、現実問題、そんなに選択肢ってあります?残留してクリスタルに移籍するか、独立するか、転職するか、そんくらいじゃないっすか」

「わかんねーぞ。いきなり焼き芋の屋台を引く、とか言い出すかもな」

「そりゃたいへんだ、いまから足腰を鍛えておかないと」

答えが見えてきたわけではないけど、ニシオカさんに話せてよかった、と思った。その日の夜、キバさんからのLINEが入った。「明日夜、これからの話をするから」。