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城谷英司

ぼく、サトルは、業界下位のレコード会社の制作スタッフ。会社が買収されることになったとき、憧れの先輩・キバの決意は、独立してバンドを立ち上げること。けれどメンバーはまだ2人。クセの強い候補者たちに翻弄されながら、理想のバンドをつくりあげる、前代未聞のバンドメンバー捜索ストーリー。

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#005 音楽ディレクターの男(1)
2019-05-25

キバさんは、鹿浜橋ミュージックの中でもトップクラスのディレクターだ。ニシオカさんがぼくをキバさんに紹介してくれてから、可能な限り、ぼくはキバさんの現場を希望した。キバさんも、ぼくを取り立ててくれた。去年までの3年で、10組のアーティストを一緒に担当した。

ディレクターは制作を管理する仕事で、制作を進めるのはプロデューサーの仕事。そのモノサシを、キバさんは軽々と飛び越えていた。プロデューサーのプランを全否定し、企画書から書き直したことも、一度や二度ではない。

ワガママで勝気。態度もデカいし声もデカい。ちなみに身体もデカい。188cm95kg、柔道と空手はどちらも二段。新入社員だったとき、歓迎会の余興でグレープフルーツを素手で握り潰したそうだ。スタジオワークの最中、ランチの酢豚弁当にタマネギが入っていたからといって、弁当を手配した鹿浜橋ミュージックの派遣社員に怒鳴り散らしたこともある。ちなみにいつも3人前だ。

そんなめんどくさい直情型だが、仕事のスキルは間違いなかった。5万枚ほどでくすぶっていたシンガーソングライターを10万枚の大台に乗せたり、R&Bの新人シンガーにCMタイアップを勝ち取ってみせたこともあった。鹿浜橋ミュージックのプロデューサーとアーティストからは絶大な信頼を得ており、キバさんの前に行列ができるのはいつものことだ。ぼくはそういう現場を間近にして、いつも振り回されていた。そして、憧れた。この人に、自分の人生を預けよう。そう思った。

このところ、スケジュールがなかなか合わなかったので、キバさんに会うのは半年ぶりくらいだ。サシでメシ、となるとさらに1年ほど期間が空く。指定された時間の少し前、とりふくに向かった。キバさんは下戸だが、「木羽」とラベルを貼ったコーラのペットボトルを店にいくつも置いている。ボトルキープ、だそうだ。

「おう、久しぶり。宮中の新譜、うまくいったんだってな」

「ええ、まあ、何とか」

サラダと焼鳥をオーダーした。キバさんと2人のときは、ぼくも酒は飲まない。

「ところでオマエ、いくつになった?」

「7月で26になります」キバさんはぼくの7歳上。

「そっか、まだ大丈夫だな」

ゆっくり頷いて焼鳥丼の最後のひとくちを運ぶキバさんをぼんやりを眺めながら、次の言葉を待った。

「俺、鹿浜橋ミュージックを辞めるから。合併後の会社には行かない」

これは予想通り。前置きは長くせず、すぐに核心を持ち出す。いつもの話し方。わかっていたから、準備はできていた。そのまま在籍するなら、面接なんてとっとと済ませていたはずだ。動揺もなく、コーラを口に運んだ。

「バンドやるから。俺がギター。オマエはベース。ボーカルも1人は決めた。あとはこれから探す」

コーラを吹き出しそうになった。ギリギリで堪えたら、行き場を失ったコーラが鼻の奥に殺到した。2分ほどせき込んで、呼吸ができなかった。薄れていく意識の中で、キバさんの言葉の意味を受け止めようとした。けれど、うまくできなかった。