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城谷英司

ぼく、サトルは、業界下位のレコード会社の制作スタッフ。会社が買収されることになったとき、憧れの先輩・キバの決意は、独立してバンドを立ち上げること。けれどメンバーはまだ2人。クセの強い候補者たちに翻弄されながら、理想のバンドをつくりあげる、前代未聞のバンドメンバー捜索ストーリー。

毎週月曜更新。

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#006 音楽ディレクターの男(2)
2019-05-25

「バ・・・バンド?」

咳がおさまってから、目に涙を浮かべたまま、繰り返した。

「そう。バンド。これから立ち上げる」

「そ、それに、俺が入るんすか?管理系とか、マネージャーとかじゃなくて?メンバーとして?」

「そう。そういうこと」

あまりの展開に、頭が追いついてこない。勝算は、見通しは。

「え、それって、クリスタルから、デビューの確約をもらってるってことっすか?」

「は?あるわけないじゃん、そんなの。まだデモテープもないし」

「え、じゃあ、どっかのプロダクションが推してくれるとか?」

「いや、そんなんないから。フリーだから。」

「いやいやいやいや、どういうことっすか。まったくわかんないっす」

「なんでだよ。難しいことないだろ。バンドつくって、曲つくって、地道にライブハウス出て、武道館を目指す、ってだけの話じゃん」

確かにわかりやすい。が、それが自分の未来だと思うと、とたんにまったくわからなくなる。

「曲は、最初のいくつかは俺が書く。もう準備もしてある。それでデモテープをつくって、歌入れして、他のメンバーを探す。メンバーが揃ったら、リハして、音源化して、ステージを組む。わかった?」

「せ、生活は?どうするんすか?」

「バンドが売れるまでは、フリーの制作ディレクターとして仕事を受ける。プロデューサーっぽい仕事もあるかもな。それを俺とオマエの2人でやっていく。バンドに支障が出ない範囲で」

意外すぎて理解しがたい。けれど、人生を預けようと決めた相手が、そうしようといっている。断る選択肢はもともとない。とりあえず生活に困ることはなさそうだし。

「わ、わかりましたけど。具体的に何をどうすりゃいいのか…」

「とりあえず、面接のスケジュールをとっとと組んで、会社を辞めます、ってことだけは言っといたほうがいいな。そいで、6月いっぱいまで在籍して、クリスタルには移籍しないで辞める、ってことで」

「今後のことはなんて言うんですか?キバさんとバンドやる、って言うんですか?」

「いや、それはまだやめとけ。キバが独立してフリーになるから、それについてく、ってことにしとけよ」

「はあ、まあ、それなら…」

「実際、これからバンドつくっても、実際に動き出せるまでにはだいぶかかるからな。ひょっとしたら、1年じゃ済まないかも。」

それはちょっと悲観的過ぎるんじゃないか、と思った。メンバーが未定とはいえ、キバさんが動けば協力してくれるスタジオミュージシャンなんかはたくさんいるだろうし、広報や販売にもそこそこ強い人脈がある。バンドの体制が整えば、すぐ勝負できるんじゃないか。

「いや、そういうことじゃないんだわ。これまで鹿浜橋ミュージックで培ってきた人脈は、いっさいないものとして考える。ゼロからだ。ゼロから、俺たちのバンドをつくるんだ」

「ど、どうしてですか。もったいないじゃないっすか」

「いや、そもそも、なんで俺がバンドやろうとしてるか、そこんところをオマエにもわかっといてもらわにゃ」

このバンドは、凄いことをやろうとしている。そんな気がした。